吉本ばなな (日本)

小說|角川書店|1998

★★★

 

 

 

本当に暗く淋しいこの山道の中で、自分も輝くことだけがたったひとつ、やれることだと知ったのは、いくつの時だろうか。愛されて育ったのに、いつも淋しかった。 ─ いつか必ず、誰もが時の闇の中へちりぢりになって消えていってしまう。-30p

 

 

私は二度とという言葉の持つ語感のおセンチさやこれからのことを限定する感じがあんまり好きじゃない。でも、その時思いついた「二度と」のものすごい重さや暗さは忘れがたい迫力があった。-49p

 

 

「そうね……私に。」できることがあったら言ってね、と言うのをやめた。ただ、こういうとても明るいあたたかい場所で、向かい合って熱いおいしいお茶を飲んだ、その記憶の光る印象がわずかでも彼を救うといいと願う。

言葉はいつでもあからさますぎて、そういうかすかな光の大切さをすべて消してしまう。-106p

 

 

人は状況や外からの力に屈するんじゃない、内から負けがこんでくるんだわ。と心の底から私は思った。この無力感、今、まさに目の前で終わらせたくないなにかが終わろうとしているのに、少しもあせったり悲しくなったりできない。どんよりと暗いだけだ。

どうか、もっと明るい光や花のあるところでゆっくり考えさせてほしいと思う。でも、その時はきっともう遅い。-127p

 

 

人はみんな、道はたくさんあって、自分で選ぶことができると思っている。選ぶ瞬間を夢見ている、と言ったほうが近いのかもしれない。私も、そうだった。しかし今、知った。はっきりと言葉にして知ったのだ。決して運命論的な意味ではなく、道はいつも決まっている。毎日の呼吸が、まなざしが、くりかえす日々が自然と決めてしまうのだ。そして人によってがこうやって、気づくとまるで当然のことのように見知らぬ土地の屋根の水たまりの中で真冬に、カツ丼と共に夜空を見上げて寝ころころがらざるをえなくなる。-134p

 

 

[ムーンライトㆍシャドウ]


夜眠ることがなによりこわかった。というよりは、目覚める時のショックがものすごかった。はっと目覚めて自分の本当にいる所がわかる時の深い闇におびえた。…だから、眠りの中で目を覚ますまいと努力した。寝返りと冷汗をくりかえして、吐きそうな憂鬱の中でぼんやりと目を開ける寒い夜明けを幾度迎えただろう。カーテンの向こうが明るくなり、青白い、しんと息づいた時間の中に私は放り出される。こんなことなら夢の中にいればよかったと思うくらい淋しく寒い。もう決して眠れずに夢の余韻に苦しむひとりきりの夜明けだ。-152p

 

 

誰もいない橋の所で、川音に包まれて水筒の中の熱いお茶をゆっくり飲んで休んだ。白い土手がどこまでもぼんやりと続き、青い夜明けのもやで街の景色にかすみがかかる。澄んでぴりぴりと冷たい空気の中でそうして立っていると、自分がほんの少し「死」に近い所にいるように思えた。実際、そのきびしく透明なひどく淋しい光景の中でだけ、今の私は楽に呼吸ができた。自虐。ではない。なぜなら、その時間がないと私はどうしてかその後のその日一日をうまくやれる自信が全く持てなかったからだ。かなり切実に、今の私にはその光景が必要だった。-153p

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MYOYOUN SKIN